映画:サンダーバード
サンダーバードを見てきた。吹き替えV6版!
かなーり期待していた。で、その感想は・・・
今回は末っ子アランの冒険を描いたストーリー。
しかし、子ども向けというか、ファミリーを対象にしているような感じ。
(まあ、オヤジ向け・タク向けに映画つくんないよなぁ・・・)
観ている時も、ちょうど、「スパイキッズ」を思い出させた。(解説にファミリー向けとありました。)
しかし、そこはそこ。ハリウッド。オヤジ&タク向けの仕組みいっぱいでした。
まず、オープニングアニメーションは秀逸。めちゃ楽しい。
衣装、メカデザインは70年代のテイストを生かしてクールに再構築デザインされているといえる。
昔のTVシリーズは、全体の1割ぐらいの現実感を子供ながらに感じていたが、本作の6割の設定は、非常にリアリティが感じられた。まさにリニューアルだ。マシンはちゃんと飛びそうだし、ブレインズに子どももいそう。
しかし、それが逆に観ているものに、夢を描けなくしているかもしれない。
天井を作ってしまうとか、そういう感じ。
TVシリーズを観ている時といったら、そりゃあ、力学を無視したハネの小さなマシンにドキドキしたものだ。
しかし、リアリティに裏打ちされながら、ストーリーの流れは、現実的ではないと指摘されそうだ。
いくらなんでも隊員全員(お父さんも含めて)で救助にいくか(それも宇宙に)?
普通?3号(ロケット)から5号(宇宙ステーション)に全員でいくか?
「ありえないよ!だって、国際救助隊なんでしょ!」
お父さんまで救助に活動にいくとは、少年の心をもちすぎです。
しかし、レディペネローペはオヤジ心をくすぐるね。でも、決していやらしくない。
子供が観る枠内での、セクシーシーンはある。
アワ風呂と着替えのシーンである。でも、それって・・・
「ジョナサンフレイクス!あんたの趣味なのか?」
とつっこみたくなる。
いやしかし、女性の(女の子の)目からみて、アワ風呂と、ピンクのクローゼットは、一種の憧れの対象か?
いやしかし、パーカーのほほが赤らむのは、ちょっと作品の品位をおとしている。
ジェントルマンは風呂場をのぞいて(のぞいているわけではないが)、ほほを赤らめてはいけない。
まあ、ぎりぎりの範囲で、作品の品位を保っていると言っておこう。
しかし、再構築という意味で一番うまく言っているのが、レディペネローペだというのは、ちょっと皮肉だ。
オリジナルを尊重しつつ、魅力たっぷりに描かれている。
スコットもバージルもぜんぜん活躍しないし。あくまでも、アランのストーリーだからしかたないか。
フッド一味に追い詰められたアランが、1号の格納庫の排炎口から基地の外に逃げるシーンがある。
排炎管の中を炎に追われるが、雷のごとく滑り落ちる。(排炎管は産道の象徴か?)
「炎のような情熱よりも速いのは雷である」
その後、アランは救助隊メンバーとして成長をはじめる。
「選択と道はずっとそこにある」
そんなアランに、父ジェフは言う「全てを助けることはできない」
それは、少年のこころを失いつつある、父の引退の言葉だったのかもしれない。
世代代わりは、神話のひとつのテーマであるわけで、
再生・誕生。そんなものが、この映画のもうひとつのテーマなのかもしれない。
「親子、絆、兄弟愛、信頼、冒険、勇気・・・」少年ジャンプ的なテーマが盛りだくさんのこの映画は、子供にぜひ受け入れてもらいたいと勝手なことを思うのは、まったくもって大人の論理なのだが、ハリーポッターだけでないこういった映画もたくさん作られるといいなあ。






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