ハッピーニューイヤー

いい一年でありますように。
2005
                              元旦  mason

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蜷川実花写真展

JR名古屋タカシマヤでの「蜷川実花写真展」は明日で終わる。ラスト1日になってしまったが、なんとか見に行くことが出来た。

今回の写真展は「mika」と「over the rainbow」という2つの写真集からのセレクト展示で、雑誌に掲載されたり、TVの特番でも紹介されていた作品もあったが、とにかく彼女特有の色の洪水


まさに「ウルトラ・フォト・エキシビジョン」であった。


彼女は、2001年に第26回「木村伊兵衛写真賞」を長島有里枝とHIROMIXとの3人で受賞し、世界に対し、女性写真家に注目するきっかけを作り出した。その後、「木村伊兵衛写真賞」では、女性写真家=新しい力の象徴のように、広がりをみせている。

また、彼女は演出家 蜷川幸雄の娘である。父と娘の間にひろがる世界もまた、われわれの想像をひきつける。

さて既に述べたように、彼女の写真は「ビビッド」というよりも、さらに「つきぬけた」色を作品世界に持ち込んでいるのが特徴だ。この色を「ウルトラ・カラー」と表現しているわけであるが、フィルムメーカーAGFA(アグファ)の「ULTRA50(製造中止)」というフィルムとの出会いが、彼女のルーツだということも良く知られている。

このフィルムはとてもおもしろい"ネガ"フィルムで、とにかく「キレイな色」が誰にでも出せる。(普通のDPEに同時プリントで出してもそれなりにプリントされる)

現在AGFAは「ULTRA100」というラインナップになり、Kodakも「ULTRACOLOR100UC」と「ULTRACOLOR400UC」のラインナップをそろえ、ちょっとしたブームになっている。

それなのに、今日ビッグカメラでは、AGFA ULTRAは品切れ。気になる・・・。
(写真展に行った人がみんな買っていったとか・・・とりあえず、今日は、ポートラ160VCを買ってみた。)

フィルムにそんなに大きな色の違いがあると知らなかった頃、彼女がULTRAとの出会いを語っている雑誌記事を読んだ。
それが僕のフィルムに対する、色に対する、こだわりはじめたキッカケになったと思う。

やっぱり、フィルムカメラって楽しい

彼女の作品をみて、写真をとる楽しさを改めて感じた一日だった。

(写真展には、彼女が作品に使用した小物が展示してあって、写真撮影が可能なエリアが設けられていて、今日はカメラはベッサR2だったけど、フィルムはKodak ULTRACOLOR100をいれたので、嫁さんをモデルに楽しく撮らせてもらいました。)

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小林紀晴(2) ハノイの犬、バンコクの象、ガンガーの火、

小林紀晴と言うと、デビュー作「ASIAN JAPANESE」から続く、アジアでの出会いを写真と文章でつづった作品で人気だ。
実際、いけるはずのないアジアに、「何もかもすてて」行ってしまいたくなるような・・・そんな魅力にあふれている。

それは、現実と非現実の間に、広大に広がる 「海のような何か」 を越えて旅をする「パスポート」ようなものなのだと思う。

今日紹介する本は、世界文化社から刊行され、幻冬舎文庫から文庫化された作品だ。

アジア旅物語」世界文化社 (ちょっとベタです。) (つД`)

ハノイの犬、バンコクの象、ガンガーの火、」幻冬舎文庫 (手を伸ばしやすいですね) (*´∀`)

基本的に9編の旅行記という形式をとっているので、読みやすく、感情移入しやすい。

必ず、気に入ったひとつの旅が見つかると思う。






僕は「路上の約束」という話がとても印象に残った。

場所は、ハノイ

小林は、チャンチィエン通りで、「ある約束」をした少年をたずねる。

・・・結局、少年には会えないのだが・・・。

「出会いと分かれ」、そうなふうに言ってしまうと、とても「うすっぺらく」感じてしまうが

そこに存在した彼と少年の交流を、羨ましくもあり、ほほえましくもあり、悲しみと笑顔が入り混じったような顔をして想像してしまうのだ。
いつか行けるかもしれない自分の旅のことを思って。

■前回の小林紀晴
8/17 写真学生

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マルティーヌ・フランク/NaturalGlow

NaturalGlow No.32/2004.5-6
特集 マルティーヌ・フランク

アンリ・カルティエ=ブレッソン婦人でもあり、自らも女性写真家としてマグナムの一員として活動をしている。

ナチュラルグロゥのバックナンバーなんだけど、つい先日入手できた。
特集では、彼女の写真とともに、いくつかのテーマに彼女自身が答えている。

「ファインダー越しの優しいまなざし」「大切なテーマとの出会い トリー・アイランドは小宇宙」「夫、アンリ・カルティエ=ブレッソンとたくさんの仲間たち。そして写真へ」
トリー・アイランドとは、アイルランド北西にある離島で、彼女は、この100人ちょっとの島をテーマにした写真を撮りつづけている。

決して多くは語らないが、彼女の誠実な話は、彼女の写真に通じるものがあるように思う。

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アンリ・カルティエ=ブレッソン

Henri Cartier-Bresson (Masters of Photography Series)

■アンリ・カルティエ=ブレッソン

モノクローム写真を愛する人なら、その名前をしらない人はおそらくいない。
スナップショットを世に知らしめた「大」写真家である。つい、先ごろ故郷フランスで天寿を全うした。

決定的瞬間」ということばを生み出したとも言われる。

去年の年末に初めてのパリを訪れた私は、偶然にも彼の小さな写真集を手に入れることができた。
今回紹介する本は、その本とは別にAmazonで買い求めたものだ。同じ洋書(日本人のわたしからみれば大半の写真集は洋書だが)だが、2つの写真集はそれぞれ微妙にコントラストが違う。今さらながらに写真はコントラストによって印象が異なるものだ。
私は、Amazonで手にいれたもののほうが、若干やわらかく好みだが、どちらも彼の代表作を見るにはとてもお買い得なものだ。

彼の写真は、どれも素朴なもので、作為的なものや偶然性を写しこんだものそれぞれがあり。それでいて、どれもちょっと見るものの気持ちくすぐるようなウィットに富んだものだ。それは、完璧な一瞬、完璧な構図が表現されているからとも言われる。
でも、私はなんだか・・「おい君。君も写真を撮るのかね?写真は好きでやらなきゃならんよ。自分が面白がって撮ってはじめて自分の写真になる。なっ?そう思うだろう・・・」と話し掛けてくるように思う。

彼は、中国やインド、日本にも足を運び写真を撮っている。特に、インド独立・パリ解放・中国共産党の勝利・ベルリンの壁崩壊とか、世界の事件に立会い、撮影を行った。

きっと、旅先での新しい出会いに胸弾ませて「パチャ」とやったのだろう。

「写真を撮るに際しては、常に対象と自己に対して、最大の尊敬を払わなければならない。それは生き方そのものなのである」 ブレッソン

大先生は、今も天国でファインダー覗いて、「パチャ」とやってるかもしれない。

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ロベール・ドアノー

写真集「ロベール・ドアノー」 タッシェン社のICONSシリーズ
昨日は同じシリーズの「アジェ」を紹介したけど、この本はホントにお買い得だ。
amazonでしらべたが、ドアノーの写真集は意外と少ない。

解説文の量も多い。この中でドアノー本人のことばが印象的だ

私は時の移ろいを感じたことがない。

周りが見せてくれる壮大な光景に目を奪われて、それどころじゃないんだ。
決して終わることのない無料の、このショーを見るにはチケットも要らないしね。

そして機会があれば、写真という名のつかの間の慰めを皆さんに提供するんだ

スナップに対する彼の考えをよく伝えている。

彼は、1912-1994 をパリの郊外に生きた。小さな路地裏の隅々を知り、撮影にでかければ、どこを歩いても知り合いのパリっ子に出会わずにはいられなかった。

ローライフレックスが最初のカメラ、晩年はライカR6あたりを使っていたようだ。
ビデオを使ったことも知られている。

一時期は、映画に魅了され、映画のセットカメラマンをつとめたのは1本や2本ではない。
映画の世界に、古きよきパリ郊外の人間模様を再び見つけ出したのかもしれない。
かぎられた世界の中での人間関係、職人気質、楽観的な笑顔そんなものを、彼が求めたとしても不思議はない。

彼は、自分が見て楽しむために写真を撮った。撮るために撮ったともいえる。

しかし、戦時、占領時でも死体は決してとらなかった。

また、彼の写真は、巧みな演出がされていることも知られている。有名な「市役所前のキス」もそうだ。
しかし、彼自身が語るように、「本当の恋人たちを、本物の恋人として撮る」それは、本物の写真に間違いなかった。

それも、これも、彼が求めたのは、自分の為の写真だったからだと思う。
1970年以降は、世界中に紹介され時代の寵児となったが、写真に対するスタンスはかわらなかった。

「自分のための写真」そんなことを考えるのには、とてもいい写真集だと思う。

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ウジャーヌ・アジェのパリ

アジェの名前を目にしたのは、高梨豊の著書「ライカな眼」の中のアラーキーとの対談だった。
膨大な量の写真」ということばとともに記憶に残ったが、はたして「膨大な量の写真」とは、どれくらいの量なのか想像もつかなかった。

対談の中では、アラーキーがアジェを真似て、6×7のカメラで東京を撮った(「東京アジェ」と称して)とあり、ずっとアラーキーの本に書かれていたと思っていた。
この時に、私のなかでイメージされた「アジェ」は、作品をとる写真家というより、職人だった。
アジェは、建築家や画家が資料として必要とする写真を撮り、それを日々の糧としていた。そう意味で真の職業カメラマンだった。と勝手に想像した。

今日、古本屋で見つけることが出来た本は「ウジャーヌ・アジェのパリ ATGET'S PARIS」という、写真集で、タッシェン社(TASCHEN)から刊行されたものだった。元値の1000円でも非常に値打ちのある本であった。

本家「パリアジェ」の掲載作品は、1898-1926の作品(作品というほかない美しいもの)で、古きよきパリを、いや、変わらぬパリの姿を記録していた。ゆえにパリの時代の重さや格式、そして悲しみや喜びまでも見るものに感じさせるのではないだろうか。

アジェの写真はその目的から、意図的に人物が排除されているものがあり、ゆがみのないレンズで街を正確に切り取ることに注力したことが伺える。また、パンフォーカスによるものと思われる遠近感を圧縮したような通りの写真は、絵画資料を目的としたことが想像できるが、伝統的な撮影手法は、パリの美しさを際立たせているように感じた。

はっきり言って、100年以上も前の写真がなぜこんなに美しいのかと驚かざるえない。
そして、ざっと8000枚の写真を撮った彼が永眠した時に、注目する人がほとんどいなかったという話が、現代のメディアとの大きな位相を強く感じさせた。

アジェの死後、写真家であるマン・レイと彼のアシスタントであったベレニス・アボットにより世界に紹介されることになった。これは、マン・レイ自身がアメリカとパリを活動拠点としていた偶然ともいえる。

作品とは作るものではなく、作られるものなのだ」そう感じた一冊。

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写真学生

「写真学生」小林紀晴 写真家。1968年長野生まれ。

「1986年、東京。
 僕は、初めてのカメラを買った。」

文庫本の帯には、こうあった。

実はこの小説もコミック化されている。
というか、コミックから読んだ。

この作品は、青春小説と呼ぶにふさわしい。(力が入るのは、僕が同世代だからだ)

タイトルのとおり、この本は写真家「小林紀晴」の写真学生時代の自伝的青春小説である。

小林紀晴が写真家としてスタートを切るのは、新聞社をやめて、アジアへの旅を作品として残していくことからはじまる。デビューは「ASIAN JAPANES」である。

この作品は、一連の小林作品と同様に、規則正しくショートストーリーを丁寧にまとめた形になっている。基本的に、章のはじめにタイトルとあわせて、小さな写真が挿入されている。

僕は、小林と同世代なので、この小説の青春ぽさに、ひたひたに浸ってしまった。
気がついたら、鍋のそこにいて、とろ火でことこと煮込まれてしまったようだ。

正直、それまで小林作品は読みやすいとは思えなかった。ちょっと、理屈ぽいし、旅=写真家のイメージの作品に対し、気取っているように感じていたからだ。すでに帰国しているはずだが、2年ほど前からは、NYに行っていることもそういったイメージを増長させていた。
なので、この作品がなければ、小林紀晴そのひとにも(こんなに)興味をもつことはなかったと思う。


彼は、諏訪から東京に出てきて、東京に違和感を覚えながらも、写真を通して自分自身をさがそうとする。
この作品で描かれるのは、そんな彼の青春時代だが、実際には彼が自分自身と出会うことができたのは、アジアへの旅の中においてだ。旅によって削ぎ落とされていった自分と出会うことで、彼は写真家として歩みをすすめていくことが出来た。この本は、そんな彼のルーツといえる。

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写真展:60億の肖像

アサヒカメラのニューフェース診断室のドクターとして知られる写真家「田沼武能」の写真展を観てきた。
かわら美術館(愛知県高浜市)で開催されることを7月末に知って気になっていたからだ。

200点の田沼氏の写真は、どれもとてもあたたかく、スナップ写真のいやらしさがない。
これまで、雑誌などの写真を観てはそう思っていたのだが、今回の展示を観て、そのことをより理解し、この人は人間がとても好きなんだと確信した。

展示は<文士><芸術家の肖像><戦後の子どもたち>と、いくつかのテーマにわかれていたが、なかでもライフワークとなる「子どもたち」の写真はとても魅力的だった。

「人間-その素晴らしきドラマ」

チラシの裏の解説にあったそのコピーが、すんなりと心の中に染み込むようだった。

「あこがれの子ども鉄道に乗る少年/ハンガリー」
と題する他の写真よりもも大きく引き伸ばされたものが印象的だった。
男の子がトロッコ電車の窓からひじと頭を乗り出して、これから進むであろうまだ見ぬ駅へと思いをはせている。
ちょうど、ゆるやかなカーブにさしかかっていて、後ろの車両がボケている。縦構図の奥行き感のある写真である。

ところで、トットちゃんで知られる黒柳徹子さんは、テレビ女優第一号だったとのこと。
田沼氏は、国連親善大使となったトットちゃんに同行して世界中の子供たちを写真におさめたのだそう。
ことし、75歳になる田沼氏まだまだ元気でいてほしい。

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