Prism HeadLine 12.19
特集・スタイルシート デジライフ ・・・・ スタイルシートを活用する1、2、3 モット!! レビュー ・・・・・ Webカテゴリ別デザイン&配色パターンガイド WEBサイト・デザイン SEのフシギな生態 手帳200%活用ブック どうしておこるパソコンのエラー フリーソフト ・・・ タグの貼り付けをもっと便利に エムインフォ ・・ マヴォン 大正庵釜春 タリーズコーヒー トゥザスプーン(伊) 東名=伊勢湾岸開通!
手帳200%活用ブック
もう12月も半ば。来年の手帳は準備出来ていますか?
(masonは、システム手帳を使っていて、リフィールの購入も済んでいますヨ。)
ラストクリスマスでも、小道具として活躍中の手帳。
あなたは、100%活用していますか!?
「システム手帳は使っているんだけど、活用してるってほどでは・・・」
そんなあなた!!「手帳200%活用ブック」は日本能率協会マネジメントセンター編集の本ですが、まだ手に入れていない人は、新年にむけて手帳といっしょに購入してはどうでしょう。
「7人の達人」の手帳活用術の紹介がありますが、これを読めば、仕事にプライベートにステップアップできます。
Webカテゴリ別デザイン&配色パターンガイド
Webカテゴリ別デザイン&配色パターンガイド
MdNの本は、ことデザインの本で良書が多い。実質的だし、テクニックもハイレベルだ。
配色パターンガイドについては、適当なものをもっていなかったので入手した。
(といっても、本屋をいくつもまわって、やっと満足できるものを選んだ。)
バランスの良い配色パターンや、サイトのカテゴリーに応じた配色パターンは非常に参考になる。
ちょっとしたテクニックが乗っているのもありがたい。
俺のような、これからCSSを覚えようという人は、同時にデザインや配色のセンスを身につける必要があるが、配色だけなら、この本がだいぶ協力してくれそうだ。
しかし、MdNの本は高いなぁ。
WEBサイト・デザイン : デビッド・シーゲル
WEBサイト・デザイン デビッド・シーゲル
1997年の発行だが、今読んでも実に新鮮だ。現在でもサイトデザインを解説した良書は少く、この本はWEBデザインの進むべき方向を丁重に、はっきりと示しているように思う。
WEBデザインは、SEOやインタラクティブ、ユーザビリティー、XML技術などいろいろな切り口で、いろんな本が手に入る。しかし、非常にあたりまえの画像のサイズやメタファー、ページレイアウトを解説するこの本は、どこか哲学書に通じるような気がしてくる。
現在なら現在のハードやインフラに適した解説書がいくらでも手に入る。しかし、良書はその中のほんの一握りなのだ。
どうして起こるパソコンのエラー:技術評論社
どうして起こるパソコンのエラー 技術評論社
パソコンを使っている人ってとても多い。でも使いこなしている人って、そのうちの何割なんだろう・・・
まさか、「偽札つくれる」レベルがそのレベルでは、ないんだろうけど、とりあえず一人でだいたいのことができるレベルが「使いこなしている」といえるような気がする。(なんかズレてるけどね。)
おねえさんも、おじさんも、おばさんも、ぼくちゃんも、お父さんも、部長さんも、社長さんも、おかあさんも、学校の先生も、となりの先輩も、課長さんも、友達も、・・・
パソコンが起動しなくなったらどうしますか?
まあ、とりあえず、詳しい人に聞くよね?
そうそう、それでいいよ。
で、その人に、こう聞かれるわけだ。
●「どういうふうに、おかしいの?」
○「・・・・・」
●「・・・・・」
○「・・・・・」
●「・・・・・」
○「・・・・・」
それは、パソコンの仕組みが良くわかってないからなんだよね。インターネットの仕組みがわかってないからなんだよね・・・
○ だって、必要ないものン '`,、 ( ´∀`) '`,、
_| ̄|○
そういう人は、この本を買うか、パソコンを新しく買ってくださ〜い。
この本は、たとえ話がおもしろいし、なにより安いからね。いいよ。
家庭の医学の横に並べておいてください。(今は、ないか・・・)
[わかったブック 2] 根本的解決!どうして起こる?パソコンのエラー
![[わかったブック 2] 根本的解決!どうして起こる?パソコンのエラー](http://images-jp.amazon.com/images/P/4774119423.09.MZZZZZZZ.jpg)
SEのフシギな生態 : きたみりゅうじ
これはもう、SE(システムエンジニア)という職種だけの本ではない。すべてのIT戦士の経典ともいえる。
副題の「失敗談から学ぶ成功のための30ケ条」はまさに真理だ。
といっても、表紙もたのしいマンガチックなものだし、中身なんか半分マンガ。というか、マンガだけ読めば、30の教えは完全に理解できる。
この言ってみれば単純な30の教訓をマスターするだけで、すぐに一流のSEになれる。
この本は絶対おすすめだ。
アクセスカウンターとアクセス解析
アクセスカウンターとアクセス解析の再検討を行った。
1.はじめに
ご存知のとおり、ココログベーシックでは、アクセスカウンターもアクセス解析も標準でついていない。
(まあ、標準でついていたとしても、それが十分なものだとはいえないが・・・)
このブログは運用開始直後より、1番星カウンター(無料)を使ってきた。
当初、ニフティの@ホームページのカウンターを利用しようとしたが挫折。
その後、FC2のすごいカウンター(もちろん無料)をテスト的に使用してみたが、
いまいち使い勝手がしっくりこなかった。(1番星が簡単すぎるので・・・)
その後、アクセス解析(もちろん無料)も検討してみたが、なかなかいいものに出会えなかった。
2.ごく個人的なレビュー
1番星カウンター
<メリット>
登録不要、設置はスクリプト1行のコピー、アクセス解析付き、超簡単解析(カウンターをクリックすれば、解析結果ページが開きます。)、デザイン豊富、バナーなし
<デメリット>
ロード速度が遅い、javascript
すごいカウンター fc2.com
<メリット>
高速、アクセス解析付き、複数サイトの解析可能、シンプル、バナーなし
<デメリット>
登録必要、javascript、解析にログインが必要、デザインはなし
XREA無料高速カウンター
<メリット>
高速、javascriptではない、設置簡単、デザイン豊富、バナーなし
<デメリット>
アクセス解析なし、登録必要、1週間アクセスがないと削除、解析にログオン必要
AccessAnalyzer XREA.com
<メリット>
複数サイトの解析可能、詳細なアクセス解析
<デメリット>
カウンタはない(アタリマエダ)、バナー1種類、バナーが大きい、解析にログオン必要、90日アクセスがないと削除
3.ココログでの使用方法
ココログでは、一応javascriptが使えるが、アクセスカウンターやアクセス解析を貼り付けられる場所は、以下の2つが手ごろだ。
(1)ヘッダのカスタマイズ
・トップ > ウェブログ一覧 > "ブログ名" > 設定 > ウェブログの基本情報 のページに行く。
・「ウェブログのサブタイトル(キャッチフレーズ):」にスクリプト等を貼り付ける。
※「改行」は、そのまま、ヘッダに<BR>と解釈されるので注意。
(2)マイリストの利用
・マイリストに「リンク」タイプのリストを作っておく。
・「項目の追加」で新規のタイトルにスクリプト等を貼り付ける。
※ただし、「改行」に対応していないので、あらかじめ、1行におさめておく。(いくら長くなってもいい)
4.今回の目標
・1番星カウンターを使っていたため、ページのロード時間がかなりかかっていた。
場合によってはカウンタが表示されないこともあった。
(そういう時には、リロードしていた。)
・このロード時間の改善が今回の目標だ。
5.結論
・ココログには、AccessAnalyzerを設置することが出来なかった。(スクリプト書き方の問題かもしれない。エキサイトでは問題く使っている。)また、出来たとしてもバナーが邪魔になる。
・すごいカウンターのデザインに納得できなかった。
・ヘッダには、XREA無料高速カウンターをはりつけて、デザインを変更した。
・アクセス解析に1番星カウンターをそのまま採用。手軽なアクセス解析の魅力にはかえらられなかった。
下の方のリストに貼り付けることで、ロード時間を短縮することが出来た。デザインも変更。
6.他のブログへのアドバイス
A.手軽さ重視 → 1番星カウンタ
B.速度重視 → すごいカウンター、XREAカウンター
C.デザイン重視 → 1番星カウンタ、XREAカウンター
D.複数サイト管理 → AccessAnalyzer、すごいカウンター
E.カウンタ+解析 → 1番星カウンタ、すごいカウンター
F.解析機能 → 1番星カウンタ、すごいカウンター、AccessAnalyzer
G.Javascript不可 → XREAカウンター、AccessAnalyzer
ちなみに私は、今回「B.速度重視」「C.デザイン重視」「F.解析機能」という面から
1番星カウンタ、XREAカウンターのコンボで対応することにしました。
これは好みの問題もありますが、写真の掲載頻度やサーバー速度、
期待するアクセス解析能力に依存するので、ご自分のサイトに適した方法で対応されるといいと思います。
以上、ココログでアクセスカウンターやアクセス解析の導入検討をされているブロガーのお役にたてればと思っております。
がんばってチャレンジください。
家内がケータイの機種変 V601T
家内が携帯の機種変更を行った。
東芝製のJ-T08から同じ、東芝のV601Tに変えた。
既にカタログから無くなっているので、細かな比較は出来ないが、おれのJ-T010と比較してみた。
(3G携帯の発売目前なのに、最新機種ではなくてすみません。1年以上の使用で8000円で変えられました。我が家では、これくらいしか携帯に割けません。ハイ)
我が家は家内もブログをやってるので、モブログにプライオリティをかなりおいている。
と、いうわけで、ブロガーにとってのファーストインプレッションです。
1.QVGAサイズ(240×320。8万画素?)の写メールが可能(スーパーメール対応)
これは、モブログに非常に大きなポイントだ。(このために変えたといってもいい)縦横非は、0.75倍。
(追記)
コメントでご指摘のとおり、メールで送れる画像サイズの上限は30KBですので、スーパーメール
で送ると、若干の画像劣化(圧縮)が起こります。
ちなみに、作例のサイズでは、34.2KB→28.4KBの変化です。
しかし、このサイズでは、差があると言っても問題ないとオレは判断します。


ちなみにこのサイズと画質なら、積極的にアンシャープネスをかけても効果が出ることもわかった。
(ネタにつかおーっと。ちなみに上がスーパーメール送信である。)
2.パケット通信が可能
パッピーパケットが1200円(レギュラー)が契約できる。
「パケット代最大1/5に!!」期待してます。
ウェブ30K対応にも期待。
(追記)
コメントでご指摘のとおり、レギュラーは1/3です。誤解のある表現すみませんでした。
3.カメラ&液晶
CMOSでSXGA(1280×960)131万画素。(写メールは、QVGA。)
SDカードに対応しました。T010は、16MBのカードがついていたけど。
601Tは無しです。ケチ。
液晶も2.3インチQVGAサイズ。
ハンディビデオ機能は、QVGAサイズで15フレーム/秒。静止画キャプチャーもある。
テレビ出力あり。
4.東芝オリジナル
東芝で秀逸なのは、モバイルルポ変換。
会社携帯は最近富士通から松下に変わりましたが、それに比べても○。
今回からフレーズ予測が入りましたが、どうでしょうか?
キー配置は、東芝タイプでほぼ同じ。これも、メールが打ちやすいですね。
ただし、句読点の入力は×。記号パレットはないだろう。
それと、ちょっとした時に便利なのは辞書。
国語、英和、和英約11万6千語。これも東芝のメリットですね。
5.サイズと重さ
T010と601Tは、ほぼ同じ大きさ、T08は少し小さい感じもするが、大体同じ。
アンテナが、伸び縮みしないスマートなタイプになったのが良い。
重さは約10g重くなった。
6.塗装
パールの効いたメタル調の塗装から、粒子の細かいパールの入った塗装に変わった。
一見ソリッドカラーに見えるが、はやりの干渉パール入り。
7.その他
大きな違いは256KアプリVer.2対応になったこと。でもゲームしないし・・・
・ケータイカラオケV-KARA&TV出力&セカンドマイク
・着うた&着うたプレーヤー&大口径スピーカー(音?ですね)
・ムービー変装(カナーリ?)
・はやりのQRバーコード読み取り。
すみません。おれには、まったく関係ありません。m(_ _)m
8.総合感想 ☆☆☆
モブログの為のケータイだ!
けっこう良さそうだ。これに、東芝のメールの打ちやすさで鬼に金棒だ。
9.おまけ
V4シリーズは、各社差別化をすすめる商品になってます。
地上アナログテレビチューナー、スーパーハニカム200万画素、ステレオFMラジオ等。
コンパクトタイプのデジカメ
友人からコンパクトタイプのデジカメ購入の相談をうけた。
最近小ささ優先なのねー。
で、どれだけ小さいか調べてみた。
富士フィルム
FinePix F455 W 92.6mm×H 56.4mm×D 28.9mm (突起部含まず) 約125g
FinePix F450 W 74.5mm×H 62.3mm×D 21.3mm (突起部含まず) 約135g
ニコン
COOLPIX 5200 W 88.0mm×H 60.0mm×D 36.5mm (突起部含まず) 約155g
COOLPIX 4100 W 88.0mm×H 65.0mm×D 38.0mm (突起部含まず) 約140g
COOLPIX 3700 W 95.5mm×H 50.0mm×D 31.0mm (突起部含まず) 約130g
パナソニック
LIMIX DCM-FX2 W 94.1mm×H 50.0mm×D 24.2mm (突起部含まず) 約135g
SONY
Cyber-shot L1 W 95.0mm×H 44.3mm×D 25.7mm (突起部含まず) 約122g
Cyber-shot T11 W102.5mm×H 60.0mm×D 17.3mm (突起部含まず) 約161g
リコー
Caprio R1 W100.2mm×H 55.0mm×D 25.5mm (突起部含まず) 約150g
京セラ
Finecam SL400R W100.0mm×H 62.5mm×D 15.5mm (突起部含まず) 約130g
重さは本体重量。電池入れるとあと15〜20g重くなります。
コンパクトタイプの意味ってなんだろう。
もちろん
携帯性
でも、操作しずらいんじゃ意味ないし。小さいと液晶が小さくなるし、軽いと手ぶれするし・・・。
カメラ好きの人なら
「カメラはある程度の重さがあったほうがいい」という。
私の意見は、ポケットに入る大きさで、手で滑らず持てるもの。
小型カメラのベストサイズは、フィルムのリコーR1sなので、それを少しだけ小さくしたサイズがいいなあ・・・
と、ここで、カメラと定規が戦っている図
ベストポケットカメラ W100.0mm×H 60.0mm×D 28.0mm (突起部含まず) 約125g
なるべく角が丸く、強度があれば、ジーンズの尻のポケットにも入る。
おっ、けっこういい線いってるんだ。
やっぱり、実際に手に持ってみないとわからないな・・・
ということで、調査結果は後日。
アフターダーク
村上春樹の本について、誰かと話しあったことがないので、そういう意味で少し戸惑っているようにも思う。
しかし、一方でだれかに聞いてもらえたらと思うと、いろいろな感情がわきおこってくるように思う。
※この先は、ネタバレなのでまだ、物語を読んでいない方はご遠慮ください。
異空間
いつの間にははじまる世界
(不思議な視線?)
いつのまにか、物語ははじまっている。なぜかとても自然だ。物語世界の中に自分がいるような錯覚。
物語の中に飲み込まれているような感じと言えばいいのか・・・
魅力的な人物も登場する。(以前よりもより具体的な人物を描くようになったように思う。)
そして、事件。 どこかでいつでも起こっているような事件だが、心は痛む。
でも、その痛みとは対照的に、物語の中には魅力的な人々が描かれる。
物語が進むにしたがい、魅力的な脇役もふえていく。
異空間。
そして、ストレス
物語の中で発生する、マイナスエネルギーが読み手に伝わるといえばいいのか・・・
はっきりと「ストレス」と感じられるようになる。
次第に明確になっていく2つの物語世界。それは「光」と「闇」ほどの違いがある。
それは単なる印象というよりも、心象風景のと言ったほうが適当かもしれない。
一方は「魅力的な登場人物が描かれた血の通った世界」
もう一方は「暗い闇」だ。
しかし、物語の時間軸は「夜」に属している。
つまり
「光の届く闇」と「光の届かない闇」
「光の届かない闇」もまったくの漆黒ではなく、闇の持つディテールを備えている。
「心の闇」を表現しようとしているのなら、それは完全に成功している。
交互に進行する物語。読み手を揺さぶる。そして、2つの物語りはどこかで交差する予感に満ちてくる。
そう
いつの間にか、物語りは交差し、入り混じる。
そして、朝を迎える予感を物語りは伝え始める。
そう、朝はやってくる。
闇、いや長い夜の後には、必ず朝はやってくる。
光がさすところにも、ささないところにも朝はやってくる。
読み手にも、確かに朝がやってくる。
たとえ読んでいるのが夜の帳の中であっても、たしかに朝がさしかかっているのが感じられるはずだ。
そして物語は終わりを・・・いやはじまりを・・・(もう説明は不要ですね)
そもそも闇の後には、朝が、はじまりがやってくるのに、物語が終わるというのはまったくもっておかしい。
だから
物語りははじまる。
物語りはいつでもはじまりつづける。しかし、どこにでも闇はある。でも、闇はずっとそのままであるはずがない。
闇ははじまるためにそこにあるのかもしれない。
たまには本物の写真を見て、心洗われてください
「写真家サイトコレクション」
「写真家サイトコレクション」なんてタイトルをつけてみたけど、ギャラリーが必ずあるわけでもないと思うし、まあ、ちょっとした備忘録ってことで・・・雑誌なんかで名前が出てきた時、どんな人なのかなと、調べる程度の情報はあります。
とりあえず、好きな写真家ということで・・・
☆印のついているのは、ギャラリーがあります。(探してみてね)
「あ」
赤城耕一
アカギカメラ
内田ユキオ☆
モノローグ・トップページ / モノローグ・メニュー
「かさ」
小林紀晴☆
オフィシャル / Days Photo Gallery / 情報センター出版局 / shopPrism
「た」
竹中隆義☆
タムロン
田中長徳
MJチョートクカメラ日記 / カメラ温故知新 / アローカメラ
「な」
「はまやらわ」
次回へ
ps まあ、写真は非常に主観的なものであり、映像と違って見るものは互いに共通認識をもつこともできる
ものだからね。いろいろご意見はありましょうが・・・・たまには人の意見も聞いてみたいなあ・・・
蜷川実花写真展
JR名古屋タカシマヤでの「蜷川実花写真展」は明日で終わる。ラスト1日になってしまったが、なんとか見に行くことが出来た。
今回の写真展は「mika」と「over the rainbow」という2つの写真集からのセレクト展示で、雑誌に掲載されたり、TVの特番でも紹介されていた作品もあったが、とにかく彼女特有の色の洪水。
まさに「ウルトラ・フォト・エキシビジョン」であった。
彼女は、2001年に第26回「木村伊兵衛写真賞」を長島有里枝とHIROMIXとの3人で受賞し、世界に対し、女性写真家に注目するきっかけを作り出した。その後、「木村伊兵衛写真賞」では、女性写真家=新しい力の象徴のように、広がりをみせている。
また、彼女は演出家 蜷川幸雄の娘である。父と娘の間にひろがる世界もまた、われわれの想像をひきつける。
さて既に述べたように、彼女の写真は「ビビッド」というよりも、さらに「つきぬけた」色を作品世界に持ち込んでいるのが特徴だ。この色を「ウルトラ・カラー」と表現しているわけであるが、フィルムメーカーAGFA(アグファ)の「ULTRA50(製造中止)」というフィルムとの出会いが、彼女のルーツだということも良く知られている。
このフィルムはとてもおもしろい"ネガ"フィルムで、とにかく「キレイな色」が誰にでも出せる。(普通のDPEに同時プリントで出してもそれなりにプリントされる)
現在AGFAは「ULTRA100」というラインナップになり、Kodakも「ULTRACOLOR100UC」と「ULTRACOLOR400UC」のラインナップをそろえ、ちょっとしたブームになっている。
それなのに、今日ビッグカメラでは、AGFA ULTRAは品切れ。気になる・・・。
(写真展に行った人がみんな買っていったとか・・・とりあえず、今日は、ポートラ160VCを買ってみた。)
フィルムにそんなに大きな色の違いがあると知らなかった頃、彼女がULTRAとの出会いを語っている雑誌記事を読んだ。
それが僕のフィルムに対する、色に対する、こだわりはじめたキッカケになったと思う。
やっぱり、フィルムカメラって楽しい
彼女の作品をみて、写真をとる楽しさを改めて感じた一日だった。
(写真展には、彼女が作品に使用した小物が展示してあって、写真撮影が可能なエリアが設けられていて、今日はカメラはベッサR2だったけど、フィルムはKodak ULTRACOLOR100をいれたので、嫁さんをモデルに楽しく撮らせてもらいました。)
第四解剖室
スティーブン・キングの「第四解剖室」
昨日に引き続きスティーブン・キングです。この作品は作者の選んだ14作品の短篇集の前半にあたる。
非常に堪能した。
どの作品もリアルで、それでいてドラマチックな世界観と描写。そして多彩なバリエーション。
昨日は「細かな描写・・・」と意見を述べたが、いやいや、イメージするのに最適な描写。なのだ。
とても「よんだーっ」って感じがするのだ。
最近はやりのライトノベルとは逆の、カメラ長回しみたいな感じ。
そう、彼の作品は映画と並べて評されるが、それは原作というだけでなく、作品がビジュアル的なんだと思う。
挿絵とかないほうがよりビジュアルなんだ・・・
中でも、のめりこんだのは、「エルーリアの修道女〈暗黒の塔〉外伝」だ。
本編をぜひ読みたくなっちゃいましたよ。
キング作品は恐怖を題材にすることが多いが、それはとても現実的な感情だからだ。村上春樹が死を題材にするのは、それが、想像の感情だからだ。
なんて思いました。
タリスマン
大阪へ出張の新幹線の中。
今日はスティーブンキングの文庫を読んでいる。
彼の作品は、映画の原作としても有名なのは周知の事実だが、映画化されていない作品にももちろん傑作は多数ある。
僕は「タリスマン」をベスト1にあげる。(例によって、そんなに沢山読んでいるわけではないのだが)
彼の作品は、映画以上に微細な描写がイマジネーションを刺激する。
タリスマンは、スピルバーグかルーカスが、映画化権を買い取った作品でおよそ20年も前に書かれたものだ。ジュラシックパーク以前のことだったので、はたしてこの作品が映画になるのか、どんな絵が見られるのか、夢のように思った。
残念ながら今だ映画化の話は聞かないが、そうなればビッグタイトルにまちがいない。
ストーリーは、ロードオブザリングと、ハリーポッターを足したような話で、現実世界と異世界(まるでロードの世界のような)をジャンプしながら西へ向かう少年が、負のエネルギーと戦う話だ。
あーっ。相変わらず説明が下手だ。
とにかく、おすすめだ。
(ようやく現実世界もキングの世界に追いついたってことだな。)
想像は創造をはるかに超えてすすんでいる
新潮社 (1987/07)
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世界で一番たくましい12歳
ファンタジー&ロードノベル
オールマイティーなファンダジー村上春樹:世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」村上春樹
村上春樹は、高校時代から読み始め、現在も好きな作家の上位にくる。(全部を読破するほどではないんだけど・・・)
作家のイメージというのは、ものすごく一人歩きするので、気になっているけど、なかなか手にとれない本って多い。(最近の村上春樹の作品は、刊行後いきなりベストセラーになるので、読んでも自分の感想とか評価がしずらい。そういう意味で、手にとるのにちょっとした決心までも必要だ。)
どちらかと言えば、ファンタジーぽい話がすきだ。
高校時代は「これって文学?」と思いながら、何度も読み直した。
中でも、「世界の終わりと・・・」は、一番好きな作品を選べといわれると、迷ったすえ手にとる1冊だ。
(だって、そうは思わないか?
海辺のカフカだって、ノルウェィの森だって、ねじまき鳥だって、羊をめぐる冒険だって・・・
ふーん、なるほどね・・・。って思われちゃうじゃない。(というか、僕だってそう思う)
だから、あの無意味に金をかけたハードカバーやケース。初めて手にとった図書館で、ピンク色の表紙が薄汚れていた感じのこの作品が好きだっていうところに、自分のアイデンティティが保てる気がするのだ。)
ちょっと思い出して、そのでかい本を引っ張り出してきた。(この記事を書くのにすでに文庫本を手にしたのだが・・)
真打登場!!
あらためてみるとすげえ!
谷崎潤一郎賞受賞!
笑い・冒険・思想の三重奏 小説の面白さが横溢した哀しくて楽しい
恐怖小説
恐怖小説って・・・・(*´Д`)
これってすべて、タスキ(ハードカバーに下1/4に巻いてあるやつネ)にかかれている。
そして、驚くなかれ、ケースの表紙と背表紙のタイトルの上に
純文学書き下ろし特別作品
純文学
*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ウフフフフフ( ´∀`)アハハハハハ*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
高校生のオレはやっぱり、めまいがしたと思う。
1800円
今は、ポッター最新刊が2冊で4200円だから、びっくりする値段ではないけど
1985.6.15発行。20年も前ならやはり高額だよ。
*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ウフフフフフ( ´∀`)アハハハハハ*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
高校生のオレはやっぱり、めまいがしたと思う。
でも当時の僕は、小遣い削っても読みたかった。
読んだかいはあったよ。
もうそれは、感動した。こればっかりは、この本を読んでもらうしかない。
しいていうなら、「真っ暗闇の中で影絵が織り成す物語」とでもいうような・・・。
この記事を読んだあなた。
ぜひ文庫本で読んでください。上下で1200円みたいなので。
でも、古本屋でピンク色のハードカバーを見つけたらぜったい買いだよ。きっとその本は読んだ人の気持ちが染み込んでいる。あなたもその感情の海と一体になれる。
できればムカつかずに生きたい(4)
No.4 「恨みつらみの晴らし方」
戦争や、殺人、暴力沙汰、いじめにいたるまで、被害者と加害者という立場が存在する。それは、時にはあいまいであったり、無意識であったり、一方しか存在しなかったり、双方がその立場にたつこともあるが、とにかく「傷つけるもの」と「傷つけられるもの」が存在する。
どんなに小さなことでも、傷ついた心、被害者の気持ちはいったいどこへいくのだろう。
どのように昇華されるべきなのか。
いや昇華なんて、そんな生やさしいことではないのかもしれない。
拉致問題や、児童の傷害問題のニュースや、記事を読んでいると思わずそう思ってしまうことがある。
釈由美子主演で映像化された高橋ツトム作「スカイハイ」は、この問題にまっこうから切りこんでいる。不幸な死をとげた人間は、3つの道を選択できる。①天国へ行き転生する②未成仏霊になる③誰かを一人のろい殺す。
なにもかも忘れて生きる。ゆるしてしまえれば楽なこともあるし、ホントに忘れてしまうこともある。
でも・・・忘れられる?・・・
痛みをもって生きる。これは、ものすごくつらく悲しいものなのだと思うが、現実問題としてこの選択しかできないことが多い。
うーん・・・
目には目を、歯には歯を。
やりかえす。
(だって、そうしないと気がはれないんだもん)
これが、一番自然な行為なのかもしれない。
やり返されたら、またやり変えす。 やり返されたら、またやり変えす。
やり返されたら、またやり変えす。 やり返されたら、またやり変えす。
やり返されたら、またやり変えす。 ・・・
これは、「恨みの連鎖」だ。
因果応報。
そうだ、だれでもわかっている。わかっちゃいるけど・・・
でも・・・
そうせざるえないから・・・因果応報なのだろう。
「恨みの連鎖」を断ち切るには、結局「忘れてしまう」か、「痛みをもって生きる」かを選ぶことになる。
しかし、やっぱり「痛みをもって生きる」というのもつらいことだ。
ランディは、人は痛みを受け入れ、乗り越える為に「想像力」を持っているといった。
でも、やっぱりつらいよ。「悲しみ」「痛み」は結局心を傷つけている。
そして
…心の痛みを抑える。ストレスになる。ストレスが溜まる。爆発しそうになる。
爆発を抑えようとする。ストレスになる。ストレスが溜まる。爆発しそうになる。
ストレスが爆発する。他者へのストレスになる。他者のストレスが溜まる。…爆発する。
それは、「ストレスの多重連鎖」だ。
結局「忘れる力」だけが、人を痛みから救うのかもしれないとも思う。
ランディさん。
人間は悲しいね。
でも「想像力」や「忘れる力」は、心を前に押し出す力かもしれないって思うよ。
できればムカつかずに生きたい田口ランディ
できればムカつかずに生きたい(3)
No.3 「断層の向こうのお父さんたち」
父親との距離を思い浮かべると、これほど理解するのが難しいものはないと思う。
しかし
今、ひとつの考えが浮かんだ。
「僕と父も、ここに書かれている親娘と、おなじなのかもしれない。」
そう解釈すると少しは安心できそうな気がした。
ランディの父親は、マグロ漁業船の乗組員で、物心ついた頃には家庭にいなかった。酒癖が悪く、酔って刃物を持ち出したぐらいだ。
漁業船の男たちを描いた「土佐の一本釣り」(青柳裕介)なんか、まるで、うそっぱちのような世界が想像される。
うちの父も酒が好きで、若いころから相当飲んできた。僕なんか到底足元にも及ばない。
父は
酒がずっと強いのだと思ってきた。
しかし、息子の生き方が、自分の思ったものと違かったのか、父はことある毎に僕につっかかった。
そして、年々好戦的になってきた。
「おまえの人生に納得できない」とでも言うように、絡むようになった。
しかし、酔っ払った父と口論になっても、翌朝の父は何も覚えていない。
そういったことがたびたびあった。
(なにすっきりした顔で話し掛けるんだよ・・)
僕は混乱した。
そして、それはいつもより酒が入ったときに多いことに気がついた。
しかし、酒の上での話として流せるほど簡単なものではなかった。
家庭に対する考えの違いなのだと思っても、押し流せない塊が僕の中に出来てしまっていた。
それは、ランディの言うように断層のようなものなのかもしてない。
「断層の向こうのお父さんたち」
それは、単にジェネレーションギャップといえるものかもしれないが、
お互いが同じ時代を生きている人間にとって、とらえることの出来ない「幻獣」のようなものなのかもしれない。
ランディさん
僕には、まだ父を理解できそうじゃないよ。
でも最近、距離をおいて観るということや、彼を分析するというアプローチで、近づいてみようと思っているんだ。
できればムカつかずに生きたい田口ランディ
できればムカつかずに生きたい(2)
大阪に出張だった。
デーブ・スペクターを新大阪駅でみかけた。彼のコメントは「おお」と思わず、うなってしまうことがある。
No.2 「ひきこもり心象風景」
「田口ランディ」という人を語る上で、「ひきこもり」というキーワードは、関係を断ち切ることができないほどからみついてしまった。
「ひきこもり」という言葉の持つ意味は、「オタク」の進化型であるように捕らえられがちであるが、あたっているともいえるし、外れているともいえる。
あの「宮崎勉」の事件直後に報道された彼の部屋のイメージにより、「オタク」のイメージは一般言語化されてしまった。そして社会は、より「特異性」を求め「ひきこもり」という言葉も一般言語化された。
「ひきこもり」=「オタク」という一般認識が広がってしまった。
しかし、ひきこもりといっても、いろいろある。たとえば
・現実世界に適合できず、閉じられた内面世界の中でのみ生活するもの。
・現実世界や人間関係に恐怖を感じ、外にでられなくなったもの。
・怠慢や無気力が原因で、外界に興味を失うもの。
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この章はエッセイと呼ぶにはあまりにも驚愕な事実に基づき書かれている。
田口ランディを知る上で、避けて通れない部分である。
しかし、それが彼女の全てではないことも当然の事実だ。人間はもっと複雑で狡猾だ。
彼女が語る、彼女の兄=Tの死にいたるまでの家族の歴史ダイジェストは、ふつうにはありえない世界だと思う。
しかし、他の多くの家族と同様に、Tの家族にも、家族の役割が存在したことが理解できる。
しかし、この家族は、「暴力」、「社会とのずれ」、そして「死」と言った「異質エネルギー」の渦の中にあったこともわかるのだ。
Tはけしてオタクではなかったようだが、ひきこもりであった。
「異質エネルギー」のスパイラルは、Tがひきこもりだったせい、だけではないように思う。父も母もランディでさえも、パズルのようにそのスパイラルに組み込まれていた。
ただし、それは決して組合わさらないジグソーパズルのような異質な家族だったと思う。
父は海の男として、一般社会と長い間断絶してきた。酒を飲むとひとがかわってしまう。
母はそんな父に逆らえず、泣いて暮らしてきた。その反動で、自立できない息子を子供あつかいしつづけた。彼女は子離れすることができない。
妹は早くから自立したが、それは家族への精神的断絶を表したものだった。自立した人生の中で得た、心理学はじめとした多くの経験が、逆に、家族それぞれの心の襞(ひだ)を見えずらくさせたかもしれない。
そして、T。社会に適合出来ずに、家を出たり、もどったりをくりかえし、社会、いや人生への希望をしだいに失なっていく。そして、ひきこもるようになる。
妹はTの自立の手助けをするためにカウンセリングをはじめる、いくらか回復の兆しがみえはじめたある日。
Tは失踪する。
そして「死」
それを、ランディの「過信」とは、だれも責められないと思う。
ランディさん
「特異性」は、僕の周りにもたくさんころがっているよ。
もうすでに渦に巻き込まれているのかもしれないと思う。
でも、あなたの「痛み」を少しでも知ることができたら、可能性が広がると思うんだ。
だから、僕は自分のことをもっと知りたいんだ。
できればムカつかずに生きたい田口ランディ
できればムカつかずに生きたい(1)
「できればムカつかずに生きたい」
田口ランディ1/2
この26のエッセイの書かれた本に対する自分の考えを纏めて書こうとしても、とうていうまくいかない。
それは、物語というフォーマットにのっていない為、多少の感情移入があっても、本の中に没頭するということが基本的に出来ないからだ。そのために感想というものがうまく伝えられない。
このエッセイは、「問題提起」であり、その問題の「手引き」であり、「論説書」である。
そこには、「客観視する自分」がいて、「問題を考えている自分」がいる。読んでいる間は、常にテーマに対して「考えている自分」が引き出されている状態のようなものだ。
正直に言えば、この一連の田口ランディ作品がなければ、ブログなど書いてみようとは思わなかった。
写真の発表ということでブログを上げている人は結構いるけど、僕にはしっくりこない「表現方法」と思っていた。
あらためてこの本を読みなおして、ちょっと面白いことを思いついた。
僕のブログは、基本的に何でもありだが、基本は、①1日1更新、②1話完結形式をとっている。
それを、
「この本に対する意見だけは、連載にしてはどうか?」 というアイデアだ。
(言っておくが決してネタがつきたわけではない・・か細い声だけど)
ということで・・・これだけは言っておくけど。
「不定期連載」です。
基本的に、ランディのエッセイに対して感じた僕の感想という形式をとりたいと思う。
では
No.1「十七歳の頃、なにをしてました?」
高校2年生だから、自分の殻を脱ぎ捨てるまさにその瞬間だったことが、思い出される。
中学時代に堆積した劣等感は、「高校演劇」という突如現れた「変身ツール」によって、僕の周りの世界までも一新させた。
クサイ言葉だが「かがやいていた」。自分も「かがやけるんだ」と思った。
その場所は、舞台の上だった。
(えーん、書いてて結構はずかしいよー)
・・・中学に上がる前からかけていた眼鏡をコンタクトにかえたのもこのころだった。
演劇の練習で好きだったのは、基礎練習だった。体育はあんなに嫌いなのに。まるで、新しい自分がそこにいるような錯覚。
一方普段の自分は、集団の中では目立たぬようにつとめ、自分の世界を積み重ねること力をそそいだ。
(小説やマンガを手当たりしだい読んだ。尾崎豊の曲にであったのこの頃だ。)
自分をかえることに、とにかく一生懸命だった気がする。
中学の時に感じていた「既製品の中のひとつ」をいう感じを感じることはもうなかった。
ランディさん
あなたの高校時代とくらべるとまだまだ子供だったと思うよ。
私立の学費が非常に高いことを知って、親に申し訳ないと思ったが、「現実」と「妄想」の間の掛け橋をかけるのに忙しくて、大人のことを意識する余裕なんてまるでなかったんだ。
できればムカつかずに生きたい田口ランディ
エンジェルエンジェルエンジェル
エンジェルエンジェルエンジェル 梨木香歩 を読んだ。
今年の新潮文庫の100冊。カテゴリーは現代文学。ということで、手にとってみたのだ。
ところで、現代文学はいつまで「現代」の枠にあり、いつから「古典」になるのか?いや、そもそも「文学」の定義はなんだろう。
よくある疑問だけど、誰か答えをしってますか?
さてこの作品は、受験をひかえた女子高生が、寝たきり一歩手前の祖母との真夜中の交流(トイレ介助)をはじめる偶然から、「人生の痛み」を非現実感を感じながらに「共有」する。というストーリーだ。
祖母の痴呆の症状は、現代に浮上した悲しい現実であるのだが、痴呆による祖母の回想=(イコール)祖母自身の少女時代の世界を、物語のもうひとつの軸にもってきている。
その世界は、旧かなづかいで語られ、祖母自身が少女となり、その祖母(主人公の祖母の祖母)との交流が描かれている。
この二重構造の物語の中で、「傷つけることの痛み」を、主人公と少女時代の祖母は体験し、読み手とも共有するという構造をとっている。
真夜中に重ねられる主人公と祖母の女子高生同士のような会話は、ある意味ファンタジーだ。
あえていえば、そこに重みを感じることは出来ない。いったい、どのへんの世代に読ませたいのか?
私がオヤジなだけか・・・?
タイトルにある「エンジェル」は熱帯魚をさし、テトラの殺戮者として描かれる。天使の名を持つ殺戮者は何かの象徴に思えたことを付け加えておく。
世の中には、結構いろんな家族構成が存在すると思う。
家族という単位に「祖母」という存在はどう映るのだろうか。
近くて遠い存在か、遠くて近い存在か。
読み手の家族構成によっても、この作品の解釈は大きな差が生じると思う。
私自身は、次男の長男であったが、他の人は、うける印象は異なるのではないだろうか。
あらためて、家族の単位を考えさせられた。
キヤノン 20D VS リコー R1 発表
はじめてのカメラの記事が、20Dを書くことになるとは・・・
昨日、友人のS君と「20Dもそろそろ発表されたりして・・」なんて話をしていた。
そうしたら、そのときには発表されていたのだ。
あたりまえだが、名前は「20D」だった。
820万画素か。私には必要ない。
このキヤノンの記事で、かすんでしまったが、実はリコーもやってくれた。
世の中で、こっちに反応するひとって、たぶんとってもマイノリティだよなぁ。
1994年。R1がフォトキナで発表されたとき、CONTAXのG1とLEICAM6Jも並んで発表された。
LEICAやCONTAXといえば大カメラブランドだから、それに対しコピー機メーカーのRICOHのカメラが健闘するというのは、現在のブランドバトルロワイヤルと同じことが、10年も前に起こっていたということになるのだが、実際にR1は良く写るカメラである。
しかし、このブランドとしてはどうだろうか?
RICOHはすでに、フィルムカメラの製造をやめてしまったし、私のカメラは故障したままだ。
ライカやコンタックスは持っていないが、今でも使えることを良く話しに聞く。
10年たって、カメラブランドの力を思い知ることなのかもしれない。
しかし、これからのデジカメ時代においては、、ブランドに裏づけされた付加価値が継続されるのかは、はなはだ疑問に思う。
Paradise Kiss/パラダイス キス
全5巻の、ファッション誌「Zipper」で大反響だったファッションマンガ(そういうカテゴリーがあればだが)。
主人公の高校3年の女の子が、ある出会いから、自分自身を探し始め、恋愛とモデルという自分の道をさがしていく。という話。(どっかで聞いたようなはなしだけどね。)
文庫のタスキには「自分の可能性を信じなきゃ」とある。
すでにオヤジ世代の私にしてみると、最近の若者にもこの言葉が響いてほしいと思うのであった。
自分の生き方、可能性を、かなり夢いっぱいに描いている。読んでいて非常に楽しい。
作者は「NANA」の矢沢あいで、この作品のほうが、絵が少女漫画していて好みだ。
実は私も若いころは、ファッションの世界というか、アパレル業界にあこがれていた時期があった。
ファッション通信を毎週欠かさず見ていたこともあったのだ。ギャー(恥っ!)
GO
金城一紀の「GO」を読んだ。
<在日>を要素に取り入れ、人間の存在を問いかけてくるような小説だった。
この本を手にしたきっかけは、家内からの「おすすめ図書」として話しにでてきたことだった。
はずかしながら、作品も作者もまったく知らなかった。
こうしたものの好みが、まったく家内と異なる僕は、守備範囲外と思っていたのだ。
しかし、タイトルが頭に残っていたので、漫喫で手を伸ばすことになったのだ。
そうマンガ版を先に読んだのだ。5巻ぐらいまであったと思う。(同じものとは知らずに読み始めた・・)
その後、小説も家内から借りて読んだ。
作品を比較してみると、若干設定や表記、表現が違うのだが、マンガも小説も作品としてよく出来ていた。
読んでみると自分の中で「反応する」シーンが何箇所かあり、非常に気になる作品となった。
小説の裏書には、「・・・感動の恋愛小説。直木賞受賞作。」とある。
しかし、「恋愛小説」って言われても、こまるところである。この作品を読んだ人の何%が「この小説は恋愛小説です」と言えるのだろうか?すごく疑問だ。
たいていの優れた小説は、複数の要素から構成され、バランスをとっている。
「作品には、『決定的な要素』がいくつか必要だ」
映画でもそうだし、写真でもそうかもしれない。小説の場合、文字の塊になっているので、読んだ人にとって、それを自分の言葉に置き換えるころ(カプセル化)が非常に簡単だ。マンガの場合は、ビジュアルだし、より自分の言葉に置き換えやすい。
今改めて思う2つの「GO」の印象は、小説「GO」は「僕小説」。マンガ「GO」は「オレマンガ」といった感じ。ふたつの作品は同じラストシーンを迎え、同じタイトルロールが流れるような感じだ。(もちろん、物語の結末がすべてではないけど。)
マンガにだけあるシーンなのだが、
「『差別するな』と言う人がいるかぎり、差別はなくならない。」
と父親が語るシーンがとても印象に残った。
もう消費すら快楽じゃない彼女へ
田口ランディさんの本については、今後も何度かテーマにすると思います。
そんなわけで、まずは、「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」です。
とりあえずタイトルは横に置いておいて。
ようするに、この本エッセイなんだけど。
ちょっとというか、かなり頭をつかう。考えさせるエッセイなんだよ。
この本に対する僕の意見は・・・
「人間興味がないと、その先考えない」
ということ。
僕なんか、普段は結構流してるもんね。でも、ニュース見ながら、ひとつひとつ自分の考えを確認する人って、あまりいないよね。
(えっ、それって僕だけ?・・それじゃあ、それはまあ、ちょっと置いといて)
この本は、そんな記憶の断片を引っ張り出して思考させる、そんな装置のように感じたんだ。
僕の場合は、27のエッセイのすべてに反応したわけではないが、かなりの数がヒットした。
そうなると、まあ不思議なもので、今度は作者自身に興味がわいてくるわけで。(このあと、いろいろ彼女の本を手にとってみることになる。)
彼女のエッセイは、ある程度のボリュームがあってそれが、雑誌記事と小説のちょうど中間的な、一種、読み手をキモチヨクさせるツボを押さえている。
それが、インターネットライターとして作家活動をスタートした彼女ならではの魅力であることに違いない。
映画:サンダーバード
サンダーバードを見てきた。吹き替えV6版!
かなーり期待していた。で、その感想は・・・
今回は末っ子アランの冒険を描いたストーリー。
しかし、子ども向けというか、ファミリーを対象にしているような感じ。
(まあ、オヤジ向け・タク向けに映画つくんないよなぁ・・・)
観ている時も、ちょうど、「スパイキッズ」を思い出させた。(解説にファミリー向けとありました。)
しかし、そこはそこ。ハリウッド。オヤジ&タク向けの仕組みいっぱいでした。
まず、オープニングアニメーションは秀逸。めちゃ楽しい。
衣装、メカデザインは70年代のテイストを生かしてクールに再構築デザインされているといえる。
昔のTVシリーズは、全体の1割ぐらいの現実感を子供ながらに感じていたが、本作の6割の設定は、非常にリアリティが感じられた。まさにリニューアルだ。マシンはちゃんと飛びそうだし、ブレインズに子どももいそう。
しかし、それが逆に観ているものに、夢を描けなくしているかもしれない。
天井を作ってしまうとか、そういう感じ。
TVシリーズを観ている時といったら、そりゃあ、力学を無視したハネの小さなマシンにドキドキしたものだ。
しかし、リアリティに裏打ちされながら、ストーリーの流れは、現実的ではないと指摘されそうだ。
いくらなんでも隊員全員(お父さんも含めて)で救助にいくか(それも宇宙に)?
普通?3号(ロケット)から5号(宇宙ステーション)に全員でいくか?
「ありえないよ!だって、国際救助隊なんでしょ!」
お父さんまで救助に活動にいくとは、少年の心をもちすぎです。
しかし、レディペネローペはオヤジ心をくすぐるね。でも、決していやらしくない。
子供が観る枠内での、セクシーシーンはある。
アワ風呂と着替えのシーンである。でも、それって・・・
「ジョナサンフレイクス!あんたの趣味なのか?」
とつっこみたくなる。
いやしかし、女性の(女の子の)目からみて、アワ風呂と、ピンクのクローゼットは、一種の憧れの対象か?
いやしかし、パーカーのほほが赤らむのは、ちょっと作品の品位をおとしている。
ジェントルマンは風呂場をのぞいて(のぞいているわけではないが)、ほほを赤らめてはいけない。
まあ、ぎりぎりの範囲で、作品の品位を保っていると言っておこう。
しかし、再構築という意味で一番うまく言っているのが、レディペネローペだというのは、ちょっと皮肉だ。
オリジナルを尊重しつつ、魅力たっぷりに描かれている。
スコットもバージルもぜんぜん活躍しないし。あくまでも、アランのストーリーだからしかたないか。
フッド一味に追い詰められたアランが、1号の格納庫の排炎口から基地の外に逃げるシーンがある。
排炎管の中を炎に追われるが、雷のごとく滑り落ちる。(排炎管は産道の象徴か?)
「炎のような情熱よりも速いのは雷である」
その後、アランは救助隊メンバーとして成長をはじめる。
「選択と道はずっとそこにある」
そんなアランに、父ジェフは言う「全てを助けることはできない」
それは、少年のこころを失いつつある、父の引退の言葉だったのかもしれない。
世代代わりは、神話のひとつのテーマであるわけで、
再生・誕生。そんなものが、この映画のもうひとつのテーマなのかもしれない。
「親子、絆、兄弟愛、信頼、冒険、勇気・・・」少年ジャンプ的なテーマが盛りだくさんのこの映画は、子供にぜひ受け入れてもらいたいと勝手なことを思うのは、まったくもって大人の論理なのだが、ハリーポッターだけでないこういった映画もたくさん作られるといいなあ。
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